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日本三大絣の1つ
広島県の備後絣について

広島県福山市は県の東端に位置し、岡山県と県境を接している市です。県内で広島市に次ぐ人口を誇り、臨海工業都市として瀬戸内の経済や交通の要所となってきました。江戸時代には福山城を中心とした城下町が広がり、様々な産業が発達していきます。その中の1つが綿花の栽培でした。その後、浅黄絣(あさぎかすり)の絹織物からヒントを得て井桁絣(いげたかすり)という現在の備後絣の元となる絣の織物が誕生します。

綿を使って作られる備後絣は伊予絣、久留米絣と並ぶ日本三大絣の1つで、明治時代以降全国へ広く普及していくようになります。このあたりは昭和初期から中期にかけては国内でも有数の絣の生産地であったものの、家庭を中心に作られていた備後絣は洋装の普及や生産効率の悪さなどから次第にその姿を消し始めていきます。現在でも後継者不足が深刻な備後絣ですが、存続に向けて力を注いでいます。

備後絣は藍の素朴な色彩とやわらかさがある織物です。綿の手紡ぎ糸を使っているので厚さがあって耐久性、保湿性に優れているところも特徴です。洗うほどに生地がやわらかくなり、夏に涼しく冬はあたたかく着ることができます。現在では従来の素朴な柄に加えて新しいデザインにも挑戦しています。反物だけでなく、普段着として着られる洋服や小物など様々な物に使われています。

普段着として着られる絣ですが、家にしまいっぱなしの使わない着物が眠っているという人もいるかと思います。着物を高く買い取ってもらいたいと思った時、絣の着物は他の着物と同様に状態が良いほど高い査定額がつきますが、素材や生産地などによっても変わります。相場としては、無名のものは1000円~5000円程度ですが、作家物や有名産地の物になると1万円を越える価格がつくものもあります。もし、少しでも高く買い取ってもらいたいという時には、様々な物を扱うリサイクルショップではなく、絣の価値を見極めることができるスタッフのいる着物買取専門店に査定をお願いするとよいでしょう。

広島市内で着物を
買い取ってもらいたいと考えている方へ

広島市は広島県の県庁所在地でもあり、政令指定都市でもあります。中四国地方の中心となる市でもあり、人口も最大の都市です。世界で初めて原子爆弾が投下された街として世界的にも知られており、市内には原爆ドームや平和記念公園など原爆にちなんだ施設もあります。広島市は京阪神と福岡を結ぶ中間地点でもあり、山陽新幹線が通っていることから東西への移動がしやすい都市です。また、経済では中国・四国地方の中心として多くの企業や政府機関も集まっており、沿岸部は工業地帯になっています。広島の名産品にはお好み焼きがあり、大阪風のお好み焼きと区別するため広島風お好み焼きとも呼ばれています。大阪のお好み焼きとの大きな違いは、広島焼きでは生地を薄くクレープ状にした上に大量のキャベツをのせ、中華麺を加えることが多いのも特徴です。その他に広島かきやもみじ饅頭も有名です。市内には湯の山温泉もあり、およそ250年も前からある湯治場も残っています。

日本の文化や古くからある伝統を今一度見直してみようという動きが広まっています。日本文化の代表とも言える着物もその1つです。家にあるもう着ることが無い着物も、こうした機会に買取にだしてみてはいかがでしょうか。広島市内で着物を買い取ってもらいたいと考えている人もいるでしょう。着物の買取を考えるなら、まずは複数の買取業者で見積もりを取ってみることをお勧めします。リサイクルショップは数あれども、中には着物は買い取っていないというところもあります。持ち込みをする場合には一度電話などで問い合わせてから持ち込むとよいでしょう。中には小物や帯のみ、羽織りのみの場合は買取を行っていないという店舗もあるので注意が必要です。買取に出すのであれば、できるだけ高く買い取ってもらいたいものです。まずは複数の店舗で見積もりを取り、比較してみましょう。また、着物に着いての専門知識が豊富なスタッフがいる、着物の買い取り専門店を利用することをお勧めします。

備後絣から誕生した
新たなブランド備後節織とは?

広島県の福山市で生産される備後絣は久留米絣、伊予絣と並ぶ日本三大絣の1つです。その備後絣の良さを引き継ぎ、新たなブランドとして作られたのが備後節織です。備後節織は新しい生地ブランドのため名前はまだ有名ではありません。備後節織とはどのような生地なのか紹介します。

かつての備後の国である広島県福山市では江戸時代初期から綿織物の生産が盛んだった地域です。家庭内で作られていた細々と作られていた絣の織物ですが、やがて江戸時代後期になると1人の男性によって新しい「井桁(いげた)模様」の絣が考案されます。そしてその井桁模様の絣が人気となり、備後絣として発展していきました。備後絣は明治時代にはいると爆発的な人気を誇るようになります。ピーク時の昭和35年頃になると備後絣は全国の絣の生産量のおよそ70%を占めるようになるほどに成長しました。しかしその人気も昭和の後半に入ると洋装の普及や化学繊維の台頭によって需要が減り、一時には消滅の危機に陥ります。

現在福山市で備後絣の生産を行っているのは2社のみです。備後絣も時代に合わせ、デザインや使いやすさなどにこだわってきました。そして新たな備後節織というブランドが誕生します。

備後節織の特徴は、備後絣にはないでこぼことした肌触りです。備後節織は糸に節のある物を使い、昭和三十年代に作られた古いシャトル織機を使ってゆっくりと織られていきます。シャトル織機は経糸(たていと)の間にシャトルと呼ばれる緯糸(よこいと)を入れた笹の葉のような形をしたものを通して織り上げていきます。ゆっくりとシャトルが経糸の間を行き来することで緯糸へのストレスが少なく、空気を含んだようなやわらかな質感を出すことができます。

木綿の織物は吸湿性と通気性に富んでいます。そのため、夏は涼しく冬はあたたかいという優れものです。繰り返し水洗いができ、洗えば洗うほどやわらかで心地よい肌触りになっていきます。備後節織はこうした木綿の特徴が活かされている生地で、備後節織で作られたパジャマの販売なども行われています。

買取エリア

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