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徳島県の名産・阿波藍
魅力について

深く落ち着いた藍色は肌に良く馴染み、年齢性別問わず多くの人から愛されてきました。特に日本産の藍で染められた色は「JAPAN BLUE」と呼ばれ海外からも高い評価を受けています。日本でも藍の生産が盛んな地域が徳島県で、阿波藍という名前で有名です。徳島県で藍の生産が盛んになった理由は、吉野川の度重なる氾濫が関係していると考えられています。台風・大雨によって川が氾濫することで、稲作には向いていなかった地域でも藍の原料となるタデアイは台風が接近するより早い夏の段階で収穫ができるため洪水の影響を受けにくかったからだと言われています。阿波藍の生産は既に平安時代には始まっており、本格的に藍の生産で名が知られるようになったのは江戸時代に入ってからのことです。徳島藩によって生産が奨励された藍は、阿波地方で作られた物には「本藍」と呼ばれ、それ以外の地方の物は「他藍」と名付けられていたほど阿波の藍の品質が良かったということが示されています。

阿波藍は明治時代に入ってからも盛んに作られてきましたが、次第に安価なインド藍の輸入が始まったことや、人工的に作られた藍色の染料が輸入されはじめたことにより明治時代の後半には衰退していきます。阿波藍以外でも日本各地で栽培されていた藍も今ではほとんど見かけなくなってしまいました。

現在も生産量は少なくなったものの、阿波藍の良さが見直されはじめ、伝統産業として引き継がれています。藍の良さは色の発色が美しいだけでなく、抗菌作用や防虫作用、防腐作用があり、保湿・保温効果も期待できます。化学薬品を使用しない製造方法のため、赤ちゃんにも使用することができ、アトピー性皮膚炎の予防や緩和にも役立つと考えられています。現在では、阿波藍と同じく徳島県の名産である阿波しじら織の染料としても使われており、反物以外にもシャツや小物など現代の生活スタイルに取り入れやすい商品も販売されています。使い込むほどに味が出てくる阿波藍の美しい色はこれからも永く人々に愛されていくでしょう。

美しい色合いと肌触りの
良さが魅力の阿波しじら織

四国の東に位置し、阿波踊りや鳴門の渦潮などで知られる徳島県では以前から染料となる藍の生産が盛んに行われてきました。阿波藍と呼ばれる徳島産の藍は海外でも「JAPAN BLUE」と呼ばれその美しさは高い評価を受けています。阿波藍を使って染めた糸で織り上げ、独特のシボと呼ばれるちぢれのある木綿織物は「阿波正藍しじら織」という名前で経済産業大臣が指定した伝統的工芸品にもなっています。

阿波しじら織の独特のシボは、1人の女性によって考案されたものだと言われています。外に干していた縞織物が雨に濡れ、縮んでしまったことに気付き、その独特のデコボコとした風合いを出す為に研究をしながら苦心の末に出来上がったとされています。当時の庶民は絹などの贅沢な素材を着ることが赦されず、木綿の着物を着て過ごしていた為、少しでもおしゃれに見せようと様々な工夫をしてきました。阿波しじら織も、こうしたおしゃれを楽しみたいという女性の強い願いによって誕生したのかもしれません。

阿波しじら織が出す独自の風合いは、経糸(たていと)の張力差を利用したもので、シボができやすいよう工夫して織り上げられています。その後織った生地を75℃の湯の中にくぐらせ、乾かすことで適度に糸が縮れてシボが作られます。シボがあるためサラサラした肌触りが気持ちよく、軽く涼しいため夏用の着物や浴衣などに用いられます。

現在の阿波しじら織は伝統的な市松模様などの柄に加え、様々なデザインや藍以外の色も用いて現代的に使いやすくアレンジされているものもあります。反物以外にもネクタイやシャツ、ステテコなど着心地の良さから多くの商品が出ており、使いやすいのも魅力です。素材が綿なので家で洗濯ができる点は着物初心者の人にも嬉しいでしょう。夏場の汗をかきやすい時でも軽くて風通しの良い生地なので快適に過ごすことができます。カジュアルでおしゃれに過ごすことができる夏用の着物や浴衣に、阿波しじら織を楽しんでみてはいかがでしょうか。

阿波踊りでも有名な徳島市
着物の歴史についての紹介

阿波おどりでも全国的に知られている徳島市は四国の北東部に位置し、紀伊水道にも面している都市です。徳島県の県庁所在地でもあり、徳島駅の周辺には商業施設やビルなども多く建ち並んでいます。市内には吉野川をはじめとする川がいくつも流れており、徳島平野の中央には徳島市のシンボル的存在であり様々な文学作品や映像作品にも登場した眉山もあります。眉山の山頂へはロープウェイも運行しており徳島の街並みを一望することができます。江戸時代には徳島藩によって治められていたこのあたりは藍の生産が盛んで、その美しい藍色は「ジャパンブルー」の名前で海外でも高い評価を受けました。阿波藍と呼ばれる徳島の藍は、規模は大きく縮小しながらも現在でも生産が続けられており、独特なシボというデコボコのある木綿織物「阿波しじら織」の染料としても使われています。毎年8月になると阿波おどりが開催され、130万人もの観光客が徳島を訪れ、踊りを見たり参加したりして熱狂的な夏を過ごしています。

徳島にも阿波しじら織という特徴のある織物が有名ですが、着物は古くから日本の文化の1つとして愛されてきました。現在ではなかなか着る機会がないという人もほとんどでしょうが、洋装が入ってくるまでなぜ着物がこんなにも長く愛されつづけてきたのか、その歴史について紹介します。

着物は日本で独自に発展してきた民族衣装です。四季がはっきりとわかる日本の風土に根ざし、その風流さを様々な技巧を凝らして形づくることができた技術力の高さによって着物文化は受け継がれてきました。島国である日本は古代の頃より中国大陸や朝鮮半島の影響を大きく受けてきました。大陸文化の影響を受けながらも奈良時代に入ると律令制度が整うに従い、少しずつ日本独自の文化が発展していきます。

庶民の衣服はその時代の情勢やライフスタイルに合わせて細かい変遷を辿ったのでしょうが、それでも着物は長い間普段着として着用されてきました。明治時代に入り西洋から洋服が入るようになっても庶民はしばらくの間は着物を着ており、本格的に洋装が取り入れられ始めたのは第2次世界大戦後からだったと言われています。

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